大判例

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高松高等裁判所 昭和50年(行ス)4号 判決 1975年8月14日

抗告人

安芸市長

岡村喜郎

右代理人

氏原瑞穂

相手方

安芸教職員組合

右代表者

田中利久

右代理人

山原和生

梶原守光

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件申立の趣旨及び理由は、一、二に記載の通りである。

よつて判断する。

一一件記録にある疏明資料によれば、次の如き事実が一応認められる。すなわち、相手方は、高知県安芸市、室戸市、安芸郡下の小・中学校の教職員で組織する職員組合であるところ、相手方は、昭和五〇年度の夏季休暇中の行事計画として、同和教育学習会を開催することを決め、その日時は、高知県下の小・中学校が一斉登校日となつている昭和五〇年八月一六日の直後の同年八月一七日及び一八日の両日が適当であるとして、右両日に右学習会を開くことにし、また、そのうち同月一七日には、兵庫県八鹿高校の片山正敏教諭を講師に招いてその特別講演を開くことに決定したこと、そして同年七月一二日、右学習会を開く会場として、高知県安芸市の市民会館に対し、その使用許可の申し込みをして、同会館側の了解を得た上、同月一七日付を以て、正式にその許可権者の抗告人から右市民会館の使用の許可を受けたこと、一方、相手方は、右学習会の開催を予定した会場の収容人員に制限があるところから、同月一三日頃、右学習会の参加希望者を調査してその調整をすべく、二〇〇名分に限つて、会員券(組織内一七〇名分)、整理券(友好団体三〇名分)を発行し、さらに、同月一四日には、「同和教育会の御案内」という文書を作成し、これを関係友好団体等に配付して、各組合員が右学習会に参加することにつき、その協力方を要請し、また、同月一四日付の「教育通信」の安芸版に、右学習会開催の日時、場所、内容等を掲載して各組合員にその旨を知らせ、なお、その頃各分会場に掲載の右学習会に関するポスターも作成したこと、その決果、同年七月二一日の午前中までに、約一三五名に上る右学習会参加の希望者があつたこと、ところで、安芸市には、安芸市の所有し、管理する公共施設の外には、約二〇〇名前後の者が一同に会して会議や勉強会等を開くに適した施設がなく、また、抗告人が安芸市市民会館の本件使用許可の取消処分をしたところからすれば、相手方の計画している前記学習会を開くために、安芸市市民会館以外の安芸市の所有し管理する公共施設の使用許可が得られる見通しはないこと、次に、安芸市市民会館の本件使用許可の取消処分は、昭和五〇年七月二一日付をもつてなされ、同日午後相手方に告知されたのであるが、前述の通り、その当時には、相手方は、既にその計画をしている前記学習会開催の日時場所等をその各組合員等に連絡していたところ、小・中学校は、同年七月二五日から夏休みに這入るため、右七月二五日以降に、右学習会開催の会場や日時の変更をしても、これを各組合員等に連絡して周知させることは著しく困難となること、したがつて、安芸市市民会館の本件使用許可の取消処分がなされたため、仮りに右学習会開催の会場や日時を変更するとすれば、同月二四日までに、これを決定してその旨を組合員に連絡をする必要があつたところ、同年七月二二日から同月二四日までは、小・中学校のいわゆる学期末に当り、成績表作成の最終段階の会議やその実務、成績表渡し、終業式等をはじめ、その他の行事が種々あつて多忙を極めており、右七月二四日までに右学習会開催の会場や日時の変更をしてこれを組合員等に周知徹底することはほとんど不可能であつたこと、なお、右学習会の特別講演の講師に予定している片山正敏教諭は、同教諭の都合上、近い将来で前記八月一七日以外の日に安芸市に来ることはできず、前記学習会開催の日時を変更すれば、右教諭の講演を取りやめる外はないこと、したがつて、相手方の計画している前記学習会開催の会場を変更したり、或は、日時を変更することは、著しく困難な状況にあること、以上の如き事実が一応認められる。してみれば、本件使用許可取消処分は、相手方の計画している右学習会の開催自体を不可能ないしは著しく困難ならしめるものというべきであるから、本件においては、安芸市市民会館の本件使用許可の取消処分によつて、相手方に回復困難な損害が生じ、かつ、これを避けるため緊急の必要があるものというべきである。

二抗告人は、相手方が安芸市市民会館を使用して前記学習会を開催すれば、部落解放同盟の者等が右会場に押しかけ、暴力紛争を惹き起すおそれがあり、市民会館の管理者である抗告人に、会館管理上の甚大な支障をきたし、ひいては高知県における同和行政に多大の齟齬をきたすから、本件使用許可の取消処分の効力を停止することは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張するが、抗告人提出の疏乙第四、五号証、同第七号証ないし第一三号証のみからは、疏甲第一号証、疏乙第六号証等に照らし、抗告人主張の如く、部落解放同盟の者達が、前記学習会の会場に押しかけ暴力紛争を起こす高度の蓋然性があるとの事実を一応認めることもできないのであつて、他に右の如き事実を一応認め得る疏明はない。よつて、本件使用許可の取消処分の効力の停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとの抗告人の主張は失当である。

なお、一件記録によるも、本件の本案が理由のないものとみえるものとは認め難い。

三してみれば、本件使用許可処分の停止を求める相手方の本件申立は理由があり、右効力の停止をした原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして主文の通り決定する。

(秋山正雄 後藤勇 磯部有宏)

別紙一申立の趣旨

一、原決定を取消す。

一、本件申立を却下する。

一、申立費用は原審および抗告審とも相手方の負担とする。

との裁判を求める。

申立の理由

抗告人の主張および疎明は、原審において提出したもののほか、当審で補充するとおりであるが、原決定は、相手方が、意見書を提出した後数時間と経ずして原決定をしており独断をもつて事実審理を怠つた結果、事実を誤認し、法律および条例の解釈を誤つたものというべきで、しかも承服しうるような理由は全く示しておらず、到底承服することができないので本申立に及ぶ次第である。

なお当審における抗告人の主張疎明の補充は直ちに追完する。

別紙二抗告人の主張

一、安芸市民会館は、普通地方公共団体である安芸市が地方自治法第二条第三項第五号および同法第二四四条の二第一項により制定せられた安芸市民会館条例第二号疎乙第一号証)にもとづいて安芸市民の文化の向上と福祉の増進を図るため設置した抗告人の管理する公共の施設であり右条例の規定からも明らかなようにそれ自体社会公共の福祉を実現するという公共の目的をもち、公益と密接な関係をもつているため、その目的を達成させるべく、その利用関係についても特別の規定が設けられて、類似の私的施設とは異る特殊の取扱をすることが許容されている施設である。

二、相手方は、昭和五〇年七月一七日抗告人に対し教育学習会のための使用目的のもとに使用期間を昭和五〇年八月一七日・一八日の二日間とする右会館の使用許可申請(疎乙第二号証の一・二)をしたので、抗告人はこれを許可したのであるが、右同年七月二一日右許可処分を行うに至つたのは次のとおりである。

(一) 抗告人は右許可処分後の昭和五〇年七月二一日に至り、相手方の会合目的が昨年五月上旬以降二三日までの間に発生した兵庫県立八鹿高等学校問題の一方の当事者で同校教員の一人である片山正敏教諭を講師とし、講演を行うことを主たる目的とするものであることが判明したため(疎乙第三・六号証)、抗告人は施設の管理に支障があると判断し、条例第一〇条第三号・第八条第五号(相手方は第八条は使用制限規定であるとされるが、許可後に使用制限規定に定められた事由が判明もしくは発生した場合には、第一〇条第三号にもとずき許可を取消すことができるものと解すべきものである)にもとずいて右許可処分を取消したものである。

(二) 部落解放同盟は、以前部落解放同盟正常化派といわれる組織に属する構成員を分離し、現在はこの二つの組織が全国的に意見を異にする形で併存しつつ、互に勢力関係においても対立し、時には緊迫した場面を展開しながら現在に至つているもので(疎乙第六号証)、高知県においても、部落解放同盟高知県連合会に属していた構成員が第一五回大会を契機として分離した結果、部落解放同盟正常化高知県連合会を組織し(尾崎勇喜著「朝田一派とのたたかい」解放新書37参照)、右大会当時およびその後も、互に一方が他方の開催する会合に押しかけ、その挙句は暴力紛争は惹き起す事態が見受けられてきているところである(疎乙第四・五号証)。

(三) ところで、すでに述べた八鹿高校問題も、同校生徒が、自主的に参加して解放問題に取組むための部落解放問題研究会の設置を求め、同校教頭がその設置を約束していたところ、同校の委員会議がその設置を認めなかつたことから同校を中にはさんで生徒、その父兄および支援の部落解放同盟と教師団との間に長期間にわたる対立抗争が展開され、終局においては暴力紛争にまで発展し現に神戸地方裁判所管内において民事・刑事の争訟事案の提起をみるという不幸な結末を招いている状況のもとにある(疎乙第六乃至一一号証)。

(四) このように、八鹿高校問題が不幸な結末を迎え、その後いくばくの時日の経過も経ていない現在において、すでに述べたような内容をもつ相手方主催の集会が公の施設たる右会館で行われる場合、招来しうべからざることではあるが、万一にも右八鹿高校問題において発生したと同様な事態が発生しないという保障は全くないばかりか、万一そのような事態が惹き起された場合には従前の経緯に照らし、付近住民はもとより、保育園園児らに対しても多大の物質的精神的損害を与えることは明白であり、かつ、すでに述べた右会館設置の目的としての、市民の文化と福祉の増進の意図の滅却されることは到底計りしれないものがあるというべきで、結局、相手方の右会館使用は、会館管理者たる抗告人の会館管理に甚大なる支障をきたすものといわざるをえず、ひいては高知県における同和行政に多大の齟齬をきたす結果を招来することは免れず、右取消処分の執行停止は公共の福祉に誠に重大なる影響をおよぼすおそれがあるというべきであつて、誠に憂慮に耐えない次第である(疎乙第一三号証)。

三、相手方は、右会館の集会を目前に控えて右取消処分をされたため、会場変更もとれず、右集会は事実上開催不能となるとも主張されるが相手方はすでに述べたように使用許可申請時には使用目的を教育学習会と極めて抽象的に記載した申請書のみを提出したにすぎず、抗告人をして使用制限事由について考慮を払う余地をなからしめておきながら、一端許可処分を得るや態度を一転して使用目的を具体化させた行動を執るというように相手方の態度自体において会館使用の趣旨に反するものを窺うのほかないのみならず(疎乙第一二号証)許可処分後僅か四日を経過したにすぎない七月二一日に取消処分がなされたからといつて、安芸郡下の小・中学校の夏期休暇は大概七月二五・六日であつたことは公知の事実であつて、集会出席者に連絡がつかないなどとはいうべくもない事柄であり、しかも本件のような申立をするのであれば、右取消処分後一〇日を経てそれが提出されるなどということは到底ありえないことというべきで(その遅滞の責任は相手方に帰せられるべきである)、結局八月一日に提出された本件申立は、ただ単に執行停止決定を取得することを意図し、時間を稼いだうえでなされたものというのほかなく、本件は執行停止をするにつき何らの緊急の必要性も存在しないものというべきである。

四、以上のとおりであるから、相手方の本件申立は速やかに却下されるべきものと確信する次第である。

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